私がDJになるまで④

私がDJになるまで

楽しかったのかしんどかったのかイマイチ分からない、ただただ「眠かった」という記憶だけを残した初めてのナイトクラブを経て、私は大学生になった。幸いにも大学の併設高校に通っていたため、地獄の受験戦争をほぼ無傷でスルーするという恩恵に預かる事が出来たのだ。

大学へ進学した事で、それまでには無かった新たな出会いが沢山あった。持ち前の目立ちたがり屋な性格が功を奏し、自然と友人には事欠かなかったが、その中に「タメ」と呼ばれる男がいた。タメは絵に描いたような不真面目学生で、毎日堂々と遅刻して学校に現れた。その理由を尋ねると、悪びれもせず「昨日もクラブ行ってたから」と、さも超重要な国家機密の任務に就いていたかのような口調で毎度のたまうのである。

彼はいつも、「マンハッタンレコードの袋」に教科書やノートを雑に放り込んで通学しており、レコードを買っていることは薄々察していた。しかしある日、何気なく彼の自宅に遊びに行った私は、文字通り言葉を失うことになる。なんと、部屋に「ターンテーブル」が鎮座していたのだ。

「俺、DJやってるんだよね。良かったらこれ聴いてよ」

そう言ってタメから手渡されたのは、またしてもあのプラスチックの四角い物体。そう、ミックステープであった。過去に地元のシティボーイあっちゃんから貰ったテープを経験していた私は、またあの「しらない曲が途切れなく繋がったテープ」かと思って再生したのだが、タメのミックステープは一味も二味も違うものだった。洋楽の知識がそんなにない私の耳にもギリギリ引っかかるようなキャッチーな曲から、一発で脳のニューロンが焼き切れるほどカッコイイ未知の楽曲までが、実に見事なグラデーションで網羅されていたのである。何より、起承転結が素晴らしくとても聞きやすかった。「この曲、なんて名前なんだろう」と、イントロが流れるたびに身を乗り出してしまうような仕掛けが詰め込まれたそのテープは、当時の私にとって宝箱そのものであった。

↑写真はAIです。

この出会いをキッカケに、私の週末は一変する。タメやその他の愉快な仲間たちと、渋谷区円山町のナイトクラブへ足を運ぶ機会が爆発的に増えたのだ。かつて壁のシミになって睡魔と戦っていたあの空間が、完全に「大人のディズニーランド」へと変貌を遂げた。遊んでいてこれほど楽しい場所がこの世にあるだろうか。埼玉のハズレのいなかっぺ大将が、オシャレでカッコイイ大人たちに紛れ、暗闇の中、爆音に合わせて踊る事で、ストリートの一部になれた気がしていた。私はベースの重低音を全身の細胞で浴びる喜びと、フロアをロックするDJという存在の凄まじさに、毎週末おねしょするレベルで感動し続けたのである。

そうやってクラブ遊びを本格的に覚えていくうちに、私の脳内で、ついに邪悪な自意識が産声をあげた。

「俺もDJしてみてえ」

実は、DJをやるためにターンテーブルを購入する前の段階で、私はすでに「自分の好きな曲だけをレコードでピンポイントで買う」という、なかなかに貴族な趣味を始めていた。家にレコードプレーヤーがあった為、底抜けに明るい80s Popsやダンスクラシック、そしてあのバーミヤンで私に衝撃を与えてくれたビギーの「Juicy」などを、音質の良い「12インチシングル」という、あの黒くてデカい円盤をちょくちょく買っていたのである。従ってDJをスタートするにはターンテーブルとミキサーさえ手に入れればスタート出来る段階にはあった。

↑最初はこういうやつのとても古いものだった。スクラッチしたら壊れました。

しかし、ここから本格的に「DJをしてみたい」となってくると、話の規模が変わってくる。私がターンテーブルを購入したいと切望した一番の理由は「自分の好きな曲だけを詰め込んだミックステープを自作したい」という、極めて純粋で、かつ偏執的な欲望からであった。とは言え、現実という名の壁はあまりにも高くて硬い。当時の物価で考えても、ターンテーブル2台とミキサー、周辺機材を一式揃えようとすれば、軽く20万円近くかかる。当時時給800円900円そこらの大学生にとっては国家予算レベルのキャッシュが一撃で吹き飛ぶことになる。さらに、「燃料」であるレコードを毎月買い続けるとなれば、そこから先はとてつもない底なしの維持費が待ち受けている。

↑このEXというミキサーはどんだけスクラッチしても横フェーダーがガリんないという売り込みだった。

今冷静に考えれば、大学生が手を染めていい遊びではないことくらい幼稚園児でも分かるはずだが、当時の私の脳は完全にヒップホップの重低音でバグっていた。金銭的リスクへの恐怖など完全に消し飛び、「とにかくDJがしたい」「俺だけの最強のテープを作りたい」という一心のみで動いていた。振り返れば、私の輝かしい(はずの)キャンパスライフが、明日食う米にも困る「極貧学生生活」へと転落していった最初の引き金は、間違いなくあの重たいターンテーブルを自宅の部屋に迎え入れた、あの瞬間からであった。それからは、もうとにかくレコードを買いまくった。服や靴が好きだったのに最低限しか買わなくなり、レコードを買ってはDJの練習をする毎日。時間があれば、くるまやラーメンでアルバイトをしてお金を稼ぐ、完全無欠の「どうしようもない大学生」が完成した。

つづく

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