DJになるまでに胃がキリキリした話:集客編

私がDJになるまで

ありがたいことに、自伝コラム『私がDJになるまで』が思いのほか好評だった。そこで今回、スピンオフ企画として「DJになるまでに胃がキリキリした話:集客編」について書いていこうと思う。あくまで私の場合の話だが。

私はX(旧Twitter)やThreadsといったSNSの類を一切やっていないアナログ人間なので現場の空気しか知らないのだが、風の噂によると、それらSNSで「DJ論」なる不毛な議論が行われているらしい。そしてその中では定期的に「集客問題」とやらが議題に上がり、画面の向こうで鍵アカウントの有識者たちがあーでもないこーでもないと終わりなき不毛な戦争を繰り広げていると聞いた。今日は私の場合は、集客についてはどうだったのか?という話を書いていこう。

最初にハッキリ言っておくと、集客は何事においても最も大変で、かつ最も重要な作業である。

これはクラブイベントに限った話ではない。野外フェスだろうが、地方の物産展だろうが、人類が何か催し物を仕掛ける以上、絶対に背後から首根っこを掴んでくる宿命的な問題だ。資金潤沢な巨大フェスであれば、知名度のあるタレントやアーティストを看板に据え、莫大な広告費をぶち込めば人は集まるかもしれない。しかし、「深夜のクラブイベント」となると、話は変わる。それも平日ともなると困難を極める。

私が若かりし頃は、DJとしてイベントに出演すること自体に「集客ノルマ」という名の税が課されている事が多かった。店が客を呼ぶどころか、「店にDJがお金を払ってDJが客を呼ぶ」スタイルが大多数だった時代と言える。DJで金を稼ぎたいのに金を払うなんてバカバカしい!と思った私は、とりあえずノルマ以上には人を呼べるようになろうと決意し、行動に移した。

では、当時のクラブイベントで手っ取り早く集客数を跳ね上げるにはどうすればよかったか?

結論から言えば、「ナンパ」である。

ナンパと言ってもチャラチャラするわけではない。出演する各現場でお客さんの知り合いを増やし、自分のDJを直接聴かせ、応援してくれる味方(ファン)になってもらえるよう努力をする作業の事を言う。遠回りに見えるが、この作業が知識も不要で、そして最も効率が良い。ただ、この方法にはコミュニケーション能力という非常に高度なスキルを持ち合わせる必要があるのだ。実は、DJをやっている人間が全員パリピで社交的かと言われれば、全くそんなことはない。むしろ「音楽好きのシャイなオタク」の割合の方が圧倒的に高いのだ。結果、この「見知らぬ人間に話しかけて関係値を構築する」という営業プロセスをめんどくさがって、静かにDJを辞めていった人間を私は山ほど見てきた。

かく言う私も、中年となった今でこそ「君カワイイね!普段どこのサウナ行ってんの?」と適当に会話を弾ませる程度のトーク力は身につけたが、キャリア初期は「ナンパなんてマジでめんどくせえ」と心底思っていた人間である。

現場で泥臭く集客を頑張っていると、実にユニークで「変わった人たち」との遭遇も増えていく。お酒のつまみになるハプニングには事欠かなかった。

例えば、Fatman Scoopの「Be Faithful」が爆音で流れるとフロアの真ん中で「フォー!フォー!」と雄叫びを上げて踊り狂うような、絵に描いたようなパーティー野郎がいた。彼は週末のパーティの常連さんだったのだが、なぜか「選挙の時期」になると必ず神妙な顔つきで私に特定の候補者への投票のお願いをしてきていた。選挙前だけ平日の現場にも足を運んで「絶対〇〇候補に投票してほしいんだよね!お願いね!」と言ってくるのだ。

割と若い頃から政策などをしっかり調べた上で選挙に行くタイプのDJであった私は、その手の熱心なお願いに対しても、角を立てずに「ウス!オッケーっす!」とだけ笑顔で返していた。投票箱の中で実際に誰の名前を書いたかなんて誰にも分からないし、相手もそれで十分満足してくれていたからだ。普段「フォーフォー!」言っている男の意外すぎる裏の顔を目の当たりにし、「夜の街には本当に色んな人がいるもんだなあ」と実感したものである。

また、キャリア初期には、顧客を持っていない美容師さんやメイクさんがお客さんを探しに来ていることも多かったように思う。このタイプのお客さんは2003〜2004年くらいで何故かピタッといなくなったような気がしているのだが、今でも忘れられない衝撃的な思い出がある。

私の現場によく遊びに来てくれていた「ミズキさん」という常連のお客さんがいた。美容関係の仕事をしている方で、息を呑むほどの超絶美人だった。仕事の始業時間が昼過ぎからということで「毎日でもクラブで遊べる」と豪語し、私の出演イベントにも本当にしょっちゅう顔を出してくれていた。

ある夜、フロアの喧騒の中で、その絶世の美女ミズキさんが私の顔をじっと見つめ、吐息混じりにこう囁いたのである。

「SHUNSUKE君ってさ、すっごく綺麗な顔してるよね。ほんとに。」

その瞬間、私の頭の中ではファンファーレが鳴り響き、「DJがモテるというのは本当だったのか!?もしかして、もしかするのか!?」と、慌てふためいた。しかし、色めき立つ私に、彼女が涼しい笑顔で衝撃の一言を放った。

「目が二重になったらジャニーズ入れるよ。うちの美容整形外科で二重の手術しない?これくらいの金額で出来るよ?私今月達成率悪くてさ、ローン組めるからやってみない?」

そう言うとおもむろにパンフレットを差し出してきた。そう、美容整形の勧誘だったのだ。極めてストレートで無慈悲な営業ノルマのターゲットにされただけであった。一瞬で打ち砕かれた私の三分の一の純情な感情と、エロスへの期待。レコード購入で金がない若手DJに美容整形を勧めるなんて相当困っていたのだろう。それ以来、美人なお客さんを見ると「何かを買わされるのではないか?」という疑いの目で見てしまうようになった。誘惑で溢れるナイトクラブの世界だが、やはりそんなうまい話は無いんだなと改めて痛感した出来事である。

しかし、そんな手痛い逆営業を喰らったりしつつも、この集客という作業は「考え方ひとつ」で自分にとってすごく良い変化をもたらしてくれたのだ。

当時の私には、「自分で作ったミックステープを売りまくりたい」という強い執着があった。一人でも多く自分の味方を増やせば、テープの販売枚数が伸びて、DJで生活が出来るかもしれない……という、極めて邪な欲望が全ての原動力だったのは紛れもない事実である。

さらに、「自分が主催したパーティーくらいは、人でパンパンにしたい」という気持ちも強かった。クラブパーティーとは「社交場」だ。人のいない社交場は、ただただ寒々と廃れていくのみ。だからこそ私は、とにかく人と人を繋ぎ、友達の輪を広げ、最終的に「今夜はSHUNSUKE君がいるから、とりあえずあのハコに行こうよ」と言ってもらえるポジションを目指して、動き回り続けたのである。

この地道な営業活動を狂ったように続けた結果、気がつけば毎週末、私の携帯には「今日どこかでDJやってる??」という連絡が、100人近くのお客さんから直接届くようになっていた。

スマホの通知が無機質に鳴る現代とは違う。100人の人間が、わざわざ私の携帯に直接メッセージを送ってくるのだ。もちろん、その100人全員が私のプレイスタイルに心酔する狂信的なファンだったわけではない。純粋に私のDJを目当てに来てくれていたのは半分くらいだろうか?いや、もしかしたら三分の一くらいかもしれないし、5人かもしれない。だが、多くの人は「SHUNSUKEのいるイベントに行けば、絶対に楽しい空間が用意されている」という信頼のもとに足を運んでくれていたのだ。

自分の出番の時間にフロアがスッカラカンになることは無くなったし、少なからず私の音を楽しみに夜の街へ繰り出してきてくれる人が常にいた。この経験は、「自分のプレイに対して」という以上に、「自分が関わるパーティーが、きちんとしたリピーターを定着させられる良質なコンテンツを提示できている」という、プロとしての絶大な自信へと繋がっていった。少なからずこの面倒でシンドイ作業をクリア出来たことで、知名度みたいなものは多少広がったのは事実だ。

この集客という営業に向き合ったことで、私にとって「本当に良かった」と思える出来事がいくつかある。

まず一つは、自分のスキルを試す絶好のチャンス(フロア)を自力で作れたことだ。集客に向き合ったおかげで早い時間帯やメインタイム、どんな時間に放り込まれても「自分のプレイを聴いてくれる客」がそこにいた。だからこそ、練習してきたミックスや選曲の成果をダイレクトに試すことができたし、結果としてDJとしての技術や対応力も一気に引き上げてもらったと思っている。より多くのお客さんの前でプレイを重ねる事が、クラブDJとして腕を上げるための最短ルートと言える。これは紛れもない事実なので、本当に良かったと思っている。

そしてもう一つは、若い頃(20代〜30代前半)にその努力をしておいたおかげで、30代後半を過ぎても「プロとして信頼され、長く現場に呼ばれ続ける土台」ができたことだ。今でこそ40代や50代もクラブに遊びに来る時代になったが、やはりナイトクラブの主役は圧倒的に若者だ。同世代の方が当然友達を増やしやすいし、夜遊びする人間も多い。だからこそ、最も集客がしやすい20代〜30代前半のうちに人間関係を作り、名前と実績を作っておいたことが、後々の自分のキャリアをすごく楽にしてくれた。

勿論、自分だけでこの方法に辿り着いたのではなく、導いてくれた先輩や、同じ考えを持って動いてくれた仲間、そして遊びに来てくれたお客さん、友達がいたからこそ、今があるんだと思う。本当に感謝しかない。

ただ、冒頭にも述べたように、これは「私の場合」という話に過ぎない。

集客なんてしなくても、全く違うルートを辿って、今も最前線で戦い続けている人達はたくさんいる。ただ、そうした人達も「ただ適当にやっていたら生き残れた」という人は一人もいないのは間違いない。彼らは全員、自分の伝えたい表現や、圧倒的な武器(スキルやセンス)を明確に持っていて、その上で人気や知名度を獲得しているのだ。

「集客しろ!」なんてお説教じみた事を言うつもりはない。だって本当に面倒くさいから。

ただ、私のようにキャリアのスタートも遅く、特別な武器もなかった人間は、例えどれだけDJに自信があったとしても、それを証明するための「舞台にあがるキッカケ」を自力で掴み取らなければならなかった。だからこそ、集客も死ぬ気で頑張った、というだけの話なのだ。集客という泥臭い作業に向き合ったおかげで、たくさんの素敵な友人、仲間に出会い、プレイを磨く舞台を手に入れ、結果としてプロとして長く生きていける武器を身に付けることができた。

私にとっては、それが一番の近道だったというお話。

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